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秋田實が戦時中に書いた時局漫才は、戦地に送る慰問袋に小冊子として入れられた。その中には、演者を当てこんだ漫才が数作載っていたが、また、単なるAとBの対話形式の漫才読み物もあった。それらは総て読む者の気持ちを和らぐ目的で書かれた読み物であった。慰問袋に入れるだけではなくて、銃後の守り、そんな人々にも読ませる意図が伺える。漫才と同じ、ボケと突っ込み、二人のやりとり形式で書いている。
当時の軍国主義一色の政策に媚びることなく反旗を翻すこともなく、兎に角、読むものを明るい気持ちにし、楽しい。秋田の拘る言葉遊びが、漫才に取り組んだ初期の信念・持論「誰もが顔を赤らめずに楽しく笑える無邪気な笑い」として貫かれており、「大阪のユーモア」と題した読み物。


◆君、故郷は何処です?
◆故郷?
◆残念ながら、僕には故郷が無いんです。
◆えゝ、故郷が無い?
◆そうや。だから、学生時代から、皆が休暇には嬉しそうに故郷に帰るのに、僕には帰るべき故郷が無いから、いつも淋しく大阪に残ってた。
◆おい、ちょっと待て。淋しく残ってたって、君の生まれたのは一体、何処や?
◆僕の生まれたとこ?病院や。
◆いいや、産湯、どこで使こうたんや。
◆ああ、産湯か。タライの中や。
◆違うがな、僕の聞いてるは、君の戸籍のある所や。戸籍はどこにあるねん?
◆戸籍は区役所や。
◆その区役所はどこにあるねん?
◆それは大阪ですがな。
◆じゃ、大阪が、君の故郷やないか。
◆ああ、文法上ではね。
◆そんな埓外なことを言うな。けど、それなら、君は大阪は明るいな。
◆明るいよ。昼間なら。
◆違うがな。実は、君にのって貰いたい相談があるんや。
◆折角やが、時局がら、乗りものは一切やめているんでね。
◆そんなに一つ一つ半畳を入れるな。相談というのは、他でも無い、大阪生まれの君に、大阪のユーモアに就いて、語って貰いたいのや。
◆それは無理や。こと大阪に関しては、生粋の大阪育ちの僕には語り難い。カタルのは君の方が巧い。
◆おい、何や詐欺を働くような言い方をするな。
◆そんな意味やなく、大阪の匂いが身に附き過ぎてる僕なんかには、その感じ方が新鮮やなく、鈍い。
◆鈍いのは生まれつきや。
◆そんなこと、はっきりと言うな。
◆これは失礼。兎に角、外来者やなしに大阪生まれの君に訊きたいのは、大阪のユーモアに就いて。
◆そう開き直られると、固くなって、行儀よく座り直さんならん感じやが。
◆いやいや、今日は胡座をかいたまま、気楽に話してよろしい。許す。
◆そない偉そうに言うな。大阪のユーモアと言えば、どうしても先ず、大阪弁のことから話さんならんやろう。
◆と言うと?
◆早い話が、大阪弁で「阿呆やな」と言う場合には、それは好意的な捨て科白で殆ど意味がない。叱責の意味を明らかにする場合には、阿呆の上に「ど」を附けて、「ど阿呆」と言う。
◆なるほど、なるほど。
◆大阪弁は商業の町としての大阪とともに作られてきた、詰まり大阪弁は商人の言葉として出来上がって来たのではないかと思うのや。
◆なるほど、そんな話し、聞いた気がする。
◆だから商業の町大阪は商売上の必要から、取り引きする場合にも喋り言葉に、発音が引っかからないように、滑らかに角が取れ、自然に柔らかい感じに磨かれて来たんや。
◆実例を挙げてくれへんか。
◆先に挙げた「阿呆やな」にしても、あほうやなしにあほとなり、「ああ辛い」は「ああつら」になり、「左様ですか」は「さよか」という風に、総て言葉も縮められ、語尾も創られて次第に丸くなっている。
◆なるほど、大阪弁はよう判った。今度は大阪のユーモアのことを一つ・・・。
◆商都大阪を語るもの誰でもが、合言葉のように引用する「儲かりまっか?」は、勤勉な大阪商人の、強い明るい前向きの生活力の現れで、傍目には、これが総て「大阪のユーモア」の種になるんや。  
◆案外、「大阪のユーモア」でない大真面目のことが・・・?
◆その通りや。儲け第一主義は、商売をする場合だけのことで、そこが「きたなく儲けて」や。
◆じゃ、「綺麗に使う」方は?
◆論より証拠。献金や寄付金、貯金の集まり具合を考えたら、一遍に解るやろう。ただ、知らん人々には、きたなく儲けることと綺麗に使うことが、一見、両極端のように見えるので、色々とユーモアを感じることになるんや。
◆なるほど。しかし、その大阪の商人道も事変以来、変わって来たんと違うか?
◆いいや。今まで話して来たように、根本の逞しい強い明るい生活力には変わりはないと思う。ただ、儲け第一主義が、公益優先に変わっただけや。  
◆違いない。
◆事変当初には、まだ儲け主義で、儲けるためには統制を犯して品物を霊柩車で運んだり、その時には、ハカ(墓)に行くと言う洒落が流行ったりした。
◆なるほど。
◆郊外の料理屋へ、月見をしたいから、一人前二十円ぐらいの料理を用意して貰えへんか。それは闇で、出来まへんわ。なるほど、闇か。そんなら月見は止めた。
◆本当かいな。
◆兎に角、大阪は逞しい生活力で時局に協力してる。ある繁華街では、町会で百万円の積立金をすることになった。但し、それは、現在出し合ったのは何百円かやで。幾十年か後の子孫の代には百万円になるという遠大な計画や。
◆なるほど、大阪らしいな。
◆今話したようなことを理解して、大阪を見るとその意味では至る所でユーモラスな話しが見付かる。尤も、今日では「大阪」は今話したような大阪より遥かに複雑なものであり、所謂、大阪的な性格も薄らいで来ているが。
◆ふうん・・・。
◆兎に角、強く明るい性格の大阪は、時局に処してますます、ユーモア邁進して行くやろう。
◆そら、勇猛邁進やがな。


人それぞれには座右の銘というのがある。それは尊敬する師の言葉であったり、格言から拝借したり、親から口癖のように言われたことなど忘れられない言葉として自分の戒めにしたりなど、動機はいろいろだが、あると思う。秋田實は座右の銘は人生の道しるべ、日々の生活の杖、「大好きだ。その時その時で、消えてはまた新しいのと変わるが、いつも二つ以上の座右の銘を身近に備えている。
おどけたのもあれば、気難しいのもある」と書いている。座右の銘好きがこうじて、自分で小さな警句や座右の銘を作っている。その作り方はというと、「似たものを探せばいいので、誰にでも簡単に作れる。例えばお世辞を定義して似たものを探せばいい」そうだ。
例えば、「お世辞」。
「お世辞は煙草のようなものである。吸い込みさえしなければ、害にはならない」
この場合、「煙草」と「香水」と置き換えてもいいのだ。
「お世辞は香水のようなものである。匂いを嗅ぐべきもので、吸い込んではならない」となるのだ。案外誰にでも簡単に作れるし、作ってみると気の利いた文句になって、皮肉もありユーモアもあって楽しいものだ。
「人生は砥石である。砥石であなたの一生をすり減らすか磨き上げるかは、貴方の心掛け次第である」
なかなか意義深い言葉だと思う。色紙を頼まれてよく書いたのは次の言葉、ユーモア・皮肉が籠められていて、楽しい。
「怒ってよくなるものは、猫の背中の曲線だけ」
この言葉は、秋田實生誕の地、大阪玉造神社・境内に笑魂碑と共に、碑文に刻まれている。